へなちょこ人間の独白

廉司という名前でtwitterを始めました。大学生のブログです。普段考えていることなどを書いています。

ある晴れた日に

ジャルジャルが2018年のM-1グランプリで優勝できなかった。毎日ジャルジャルの動画をyoutubeで見て応援してた自分にとってはかなり悲しい出来事である。冬はただでさえ憂鬱なので毎日外に出て大学で勉強することにした。教科書を読んでいたら突然、紙が青く見えたので後ろの窓を振り返ってみたら実に5日ぶりの青空が広がっていた。みんなの訓練が進むいいチャンスなのに空港はもうクローズしていておいおい、と思った。飛ばない日が何日も続くとやっとのことで晴れたその日にみんなが飛びすぎて混雑が大変なことになる。やれやれ。

 

昨日は朝にシミュレーターの訓練をしてそのあとは蝶々夫人を途中までみて飽きたのでやめた。夜は仲間たちと遅くまでゲームをして楽しかった。その前の晩は12時くらいにコーヒーを飲んで眠れなくなってしまったのでしょうがなく太宰治全集を読み始めることにした。今はとてもいい時代なので文学の名作はだいたいはibooksの無料コーナーでタダで読める。確か3000ページくらいあるんだけど日本に帰る前までには何とか読み終わりたいところである。

 

文学といえば僕は高校受験生の頃文学史のところが大好きだった。だいたいの塾の先生って、ある程度のお高い塾なら、というかレベルが高いところなら学校の先生の数万倍素晴らしい人がいてクラスのみんなが大好きになれるような人格と実力の持ち主がゴロゴロいらっしゃると思うんだけど(あんな小さい教室で子供を教えることなんかよりもよっぽど大きい仕事で社会に貢献できると思う)、僕が受験生だったころの塾の先生は本当にみんな大好きだった。

 

小学校の頃から母親にお勉強は厳しく躾けられていたせいで幸いにも一番上級なクラスに入れてもらえていたんだけど、そのクラスの国語の先生は他の分校の校長でわざわざ僕らを教えるためだけに週に1回うちの校舎に来るようなすごい人だった。なんだか昭和風のサラサラヘアーを肩のあたりまで伸ばして前髪はかき上げていて、何よりも印象的だったのはそのぎょろっとした眼である。目玉の半分は飛び出ているんじゃないかって程の迫力で、それでも何だかハンサムだった気がする。

 

どんなバックグラウンドがあるのかは知らないけどとにかく頭が良くて、で、前置きが長くなったけどその先生が代表的な文学作品については大体のあらすじが書いてあるオリジナルの冊子を配ってくれたのだ。きっとそういう文学の名作みたいなのは全部制覇しているんだろうけどそのあらすじを読むだけで面白くてその本を読んでしまえた気になれたから不思議なものである。

 

結局あのころ興味はあったんだけど何しろ受験勉強というのが忙しかったので結局あんまり読めず、高校に入ればそんなこと忘れてしまったので結局読まずに今になってしまった。で、アメリカ生活があまりにも暇なものだからそんなのを読んでみようと思っていくつかダウンロードしたんだけど島崎藤村なんて読もうと思って開いてみたら文体が難しくて読めたもんじゃないので太宰あたりから始めようというわけである。

 

きっとこの先大して長続きせずにふと読むのをやめてしまう未来が見えるけれどこの記事を読み返して思い出したときにまた再開すればいいと思う。あと一時間はこの大学の建物で勉強する予定である。今日は一瞬の晴れ間が見えて機嫌がいいので頑張ろうと思う。