へなちょこ人間の独白

廉司という名前でtwitterを始めました。大学生のブログです。普段考えていることなどを書いています。

自己啓発本をたくさん読んで気付いたこと

やはり高緯度地域は朝は遅いが夜も遅い。今日の日没は20時12分で、東京の18時09分と比べると2時間も遅い。太陽の当たる角度の関係でもう気温的には秋から初冬なんだけど、夕方にあったまった空気がひんやりと涼しく冷却されていく空気はやっぱり気持ちいい。深呼吸をしてベッドに潜りたくなる。東京の天気予報を見てみたら毎日雷マークでびっくりである。そんな中日本の空を飛んでいる大先輩たちはやっぱり尊敬してしまう。

 

さて、自分は自己啓発本やビジネス書が好きな部類の人間である。理由は単純、自己啓発本を読むと何だか能力が上がって来るように感じたり、素晴らしい人間にちょっと近づけるような気がするからだ。実際問題、現実の世界で地道な努力を重ねなければ自分の目指す成功には一歩も近づけないということはわかっているんだけど。きっと成功に近づくメソッドを知ることで安易に満足してしまいたい自分がいるのであろう。

 

そういう本を読むということは、何かしら自分の人生を変えたいという動機があることが前提にあると思う。実際、最近の自分の人生は上手くいっていなかったと思う。中学・高校と僕はしっかり人生の主人公として主人公らしく生きて来られた。何を頑張ればいいかが明確で、指導者に恵まれており、盲目的に頑張ることが得意な僕はそういうフィールドでは頑張れていたと思う。導いてくれる人が身近にいて、正しく導いてくれていたので。

 

そうして自分の中ではイケイケのまま、希望の大学に入った。ずっと夢見ていた場所だったし、ここから全力で頑張れるはずだと思った。しかし、大学は自分にとっては思っていたよりも厳しい場所だった。というのも、自分をモチベートし、導いてくれる憧れの存在となるような指導者がいない、というよりかはずっと面倒を見てくれるそういう人がいないのである。毎日同じ先生に習えるわけではないし、学科の教授との距離も遠い。同期がそこまでやる気満々のタイプではなかったので、同期同士で高めあえる雰囲気でもなかった。

 

もちろん楽しかったことはたくさんあったけれど、自己啓発本をたくさん読むような人間である僕は楽しいだけじゃだめだった。目標に向かって頑張り続けている自分がいないと本当の意味で楽しめなかった。勉強すれば点が取れるテストで100点を取り切れなかったり、60%くらいのやる気で課題を出したりと、全く輝けていなかった。入学前の自分への期待とは裏腹に、へなちょこである自分が僕のほとんどを支配してしまっていたわけだ。

 

じゃあ中学高校の頃は何故そんなに頑張れていたか、それはやっぱり明確な将来のビジョンがあって、それに近づいて行けていて、いいループに入っていたからだと思う。辛いことでも心から楽しく頑張れていたのである。ところがどっこい、大学に入ってからは辛いことは辛いことのままで頑張れなくなっていた。体が拒絶反応を起こしていることを無理やりすると体に良くないことは分かっていたので頑張れなくなってしまった。

 

辛いことを乗り越えた先にある楽しいこと、嬉しいことを描けなくなってしまっていたのだ。中学生の頃はもっと妄想できていたと思う。高校の頃は身近に幸せにしたい人がいた。今はアメリカで一人で頑張らないといけない。それが辛かったんだと思う。

 

だからこれからは、もっと楽しいことを想像して、手に入れたいものを手に入れた妄想をして、自分でモチベーションを自家発電して頑張ろうと思う。