へなちょこ人間の独白

廉司という名前でtwitterを始めました。大学生のブログです。普段考えていることなどを書いています。

それでもいいやと思う

最近は何だか心がしんどいので今回は自分の中にたまっているものを吐き出そうと思う。アメリカの田舎で家族と離れて暮らし、夢の実現のために舌積み時代を這いつくばりながら生きている人の想いとかそういうのに興味がある人は読んでみてください。完全に自分語りをします。

 

僕は10歳から一つの夢に向かって生きて来た。もうそれはある意味僕の中での宗教みたいになっていて、その夢を叶えることだけを考えながら生きて来たと言っても過言ではない。

 

自分で言うのもアレなんだけど、そのために本当にたくさん努力してきた。小学校時代は割とのほほんと生きていたかもしれないけど、中学校に入ってからは勉強と部活を文字通り全身全霊で頑張った。放課後夕方まで部活をやった後そのまま家まで走って帰りチャリに飛び乗って塾へ向かうような毎日だった。部活の方はあまりいい結果は出なかったけど勉強の方は良く伸びて、三年の成績はほとんどオール5だった。受験も行きたい高校に受かった。

 

高校に入ってからは勉強はそこまで頑張らなくなったけど、部活は全てを懸けてやっていた。部長だったので組織をどう運営したらいいかとかどうやったらみんなに最高の青春を過ごしてもらえるか毎日考えながら過ごした。目に見える結果が出るような部活ではないのだが、それでもかなりいい終わり方をしたように思う。大学受験の頃はもう勉強があまり好きではなくなってたけどそれでも無理やり机に向かって入りたい大学には合格した。

 

そうして今、とある資格を取るために両親や祖母に大きな大きな金額を支援してもらってアメリカに来ている。

 

アメリカに来てからは何とも言えない日々が続いた。田舎なので娯楽が少なく冬は寒いので家にこもっていようと思えばずっとこもっていることも出来る。何もできない冬は辛かった。勉強の方もなんだかやりきれない日々が続いていたと思う。資格を取るためには段階的にたくさんの試験に合格する必要があったけど、いつも受かればいいくらいの気持ちでやっていた気がする。目指しているレベルはもっと上であることに気付いていなかったし実践も出来ていなかった。

 

とにかく、東京で本当に忙しく毎日を過ごしていたのにアメリカに来た途端に目の前に大きな空白ばかりが目立つ人生が降って来た。その空白を上手く使えなかったので僕はやっぱりつまらない人間だったのかもしれない、なんてことを思った。アメリカの暮らしは刺激が本当に少なくてしんどい。運の悪さもあいまってアメリカに長く滞在しないといけなくなりそのせいでちょっとずつ辛い気持ちになっている。

 

こういう軟禁生活みたいな暮らしをもう20か月近くもしていてだんだん気力が落ちてきているのかもしれない。もう夢を諦めてしまいたいと思うこともたくさんあった。というか今でさえ夢を諦めることが出来たらどれだけ楽なんだろうと思っている。10歳の自分が決めた一生の夢をこれだけ辛い思いをして(さらに周りの同級生たちは楽しい楽しい大学生活を満喫しているのだから辛さは人一倍である)追いかける意味って何なんだろうと切実に思う。

 

それでもいいやと思う。今は毎日辛くていいや、と思う。この20か月弱で人生で大切なことをたくさん学んだ気がする。これらは、苦しい状況の中で本当に夢を掴みたいと思って悩まなかったら出会えない気付きだったと思う。もっと言えばそれらを実践して日々の生活を変えていくことは出来なかったと思う。この辛さに出会わなかったら一歩一歩毎日着実に進んでいくことを蔑ろにしたまま人生を歩むことになっていたかもしれない。

 

それに、本当にたくさんの人が僕のことを応援してくれていることを僕は知っている。インスタグラムで辛さを書いたりすると、口だけかもしれないけどいつも数人の友人が「頑張れ」を言ってくれる。母に辛さをうちあければ励ましてくれる。文字だけでもらえるエネルギーは僅かだけどそれでも、みんなに支えられてここまで来た。小学校から大学までのたくさんの人が僕をちょっとずつ支えてくれている。

 

だから、僕は負けない。今は辛いけどそれでもいい。今まで努力してきたことは色んな形になって僕に返ってくる。辛くても、頑張る。それではまた明日。